暮らし・人づきあい

父親とサシ飲みしてみたら、実家の食卓では聞けん話が出てきた

数ある飲み会の中で、最近いちばん記憶に残っているのは、派手な宴会やない。帰省したときの、父親との静かなサシ飲みだ。

親と二人で飲みに行ったことがある人は、意外と少ないと思う。やってみた結果を先に言うと、あれは全員一度やったほうがいい。照れくさいのは最初の10分だけで、そこから先は実家の食卓では絶対に出てこない話が待っている。

きっかけは白髪だった

正月に帰省したとき、ふと父親の後ろ姿を見て「あれ、こんなに白髪あったっけ」と思った。当たり前やけど、親は着実に歳をとっている。

実家にいる間、親との会話は案外少ない。テレビがついていて、母親を交えた世間話をして、なんとなく一日が終わる。それはそれで実家の良さなんやけど、「父親と一対一で話した記憶」を探すと、驚くほど見つからなかった。

それで、思い切って誘ってみることにした。

誘う一言が一番難しい

正直に書くと、誘うのが一番緊張した。飲み会の誘いなら百戦錬磨の僕が、「親父、たまには外で飲むか」の一言に妙に手間取った。

親子には親子の照れがある。長年「誘い誘われる関係」やなかった相手を誘うのは、関係の形をちょっと変える行為だからだ。

父親の返事は「おう、ええぞ」の一言だった。あっさりしすぎて拍子抜けしたが、あとから母親に「嬉しそうやったで」と聞いた。誘われるのを待っていたのは、向こうも同じやったのかもしれない。

2杯目からが本番

近所の居酒屋のカウンターに並んで座った。1杯目はぎこちなく、注文の相談ばかりしていた。

空気が変わったのは2杯目からだ。仕事の話を振ると、父親が自分の新人時代の失敗談を話し始めた。大事な書類を電車に忘れて、上司と二人で終電まで探し回った話。初めて聞いた。あの真面目一辺倒に見えた父親が、若手の頃は結構やらかしていたらしい。

こっちも、仕事で抱え込んで炎上しかけた話をした。すると「わしもそのタイプやった」と返ってきた。30年前の新人と、6年目の僕が、カウンターで同期みたいに笑っていた。

なぜ外やと話せるのか

帰り道に考えた。なぜ同じ話が実家の食卓では出ないのか。

たぶん、家の中では互いに「父親」と「息子」という役割を演じているからだ。役割には台本があって、台本にない話は出てきにくい。外の店は、その台本をいったん脇に置ける中立地帯なのだ。しかも隣り合わせのカウンターは、目を合わせずに話せる。照れのある相手との席として、あれは最適解だと思う。

ヒトに使う金がいちばんリターンがでかいという持論は交際費投資論の記事に書いたが、あの夜の数千円は、その中でも過去最高クラスの利回りだった。

親と飲める回数は有限である

少し湿っぽい算数をする。帰省が年に数回、そのたびに飲みに行けたとしても、親と乾杯できる残り回数は、たぶん両手両足で数えられるオーダーだ。

無限にあると思っていたものが有限やと気づくと、一回の重みが変わる。家族が頼り合いの本丸やという話は結婚について書いた記事でも触れたけど、その本丸のメンテナンスを、僕らはつい後回しにしがちである。

次の帰省でも誘うと決めている。今度は母親も誘って3人で、その次は父親とまたサシで。ローテーションはもう組んである。

まとめ

要点は3つ。

  • 親とのサシ飲みは、照れくさいのは最初の10分だけ。2杯目から本番が始まる
  • 外の店は親子の「役割」を脇に置ける中立地帯。カウンター席が特におすすめ
  • 親と乾杯できる回数は有限。気づいた人から誘ったほうがいい

次の帰省、あの一言を言うだけでいい。「たまには外で飲むか」。返事はたぶん、あっさりした「おう」やで。

-暮らし・人づきあい
-