「結婚はコスパが悪い」という言説を、SNSでよく見かける。お金の自由が減る、時間の自由が減る、リスクばかり増える。理屈としては分からんでもない。
それでも僕は、結婚を推す派だ。この記事では、コスパ論に真っ向から反論しながら、僕が結婚をええもんやと信じている理由を書く。あくまで一人の意見として読んでほしい。
「コスパが悪い」は多分正しい
先に譲れるところは譲っておく。結婚をコストとリターンの表にすると、たしかに分が悪い。
独身なら給料は全部自分のもので、休日も全部自分の時間だ。結婚すれば、お金も時間も意思決定も、他人と共有することになる。効率だけを見れば、一人のほうが軽いに決まっている。
だから「コスパで見たら結婚は不利」という計算そのものには反論しない。僕が反論したいのは、その物差しを人生に当てること自体のほうだ。
友人の結婚式で見たもの
去年、大学時代の友人の結婚式に出た。宴会好きの僕は結婚式が大好物で、あの日も朝からテンションが上がっていた。
忘れられない場面がある。新婦の手紙のあと、普段は冗談しか言わない新郎が、マイクの前で声を詰まらせた。会場を見渡すと、新郎の父親も、いかつい野球部時代の友人たちも、みんな泣いていた。
あの瞬間、会場にいた100人が一つの感情で繋がっていた。数百回の飲み会を経験してきた僕でも、あの一体感は結婚式でしか見たことがない。人生最大のパーティは、やっぱり結婚式やと思う。あれをコスパの表に載せる方法を、僕は知らない。
結婚は最小のチームである
式の派手さだけで推しているわけではない。僕が結婚を推す本命の理由は、結婚が「人生を一緒に運用するチーム」の最小単位だからだ。
一人の人生は身軽だが、全部を自分一人で処理する必要がある。体調を崩した日も、仕事で凹んだ日も、大きな決断の前夜もだ。チームがあれば、荷物を分けられる。倍の視点で考えられる。
僕は、人はもっと人を頼って生きるべきやと常々思っている。人づきあいが資産になる話は行きつけの店の記事にも書いた。その資産の中で、いちばん深く頼り合える口座が家族であり、その始まりが結婚だと思っている。
コスパという物差しの限界
そもそも、コスパという物差しは人間関係全般と相性が悪い。
飲み会もコスパは悪い。数千円払って、得られるのは酔いと笑いと翌朝の頭痛である。友情もコスパが悪い。手間ばかりかかって、金銭的リターンはない。でも、飲み会も友情も無い人生を「効率的で最高」と呼ぶ人は少ないはずだ。
コスパは「同じ成果を安く得る」ための道具で、成果そのものの価値を測る道具やない。人生の価値をコスパで測り始めたら、究極的には何もせず寝ているのが最強になってしまう。物差しの使い所を間違えたらあかん。
推すけど、押し付けない
ここまで熱く書いておいてなんだが、最後に一つ。結婚するかどうかは、完全に個人の自由だ。
結婚しない人生にも、その人なりの設計と幸福がある。僕が言いたいのは「コスパが悪いから結婚はナシ」という理屈で選択肢を消すのは、もったいないということだけだ。物差しが間違っているなら、測り直す価値はある。
その上で聞かれたら、僕は迷わず答える。結婚はええぞ、と。
まとめ
要点は3つ。
- 「結婚はコスパが悪い」という計算自体は否定しない。物差しの選択を疑っている
- 結婚は人生を一緒に運用する最小のチーム。頼り合いの本丸だ
- コスパは人間関係の価値を測る道具ではない。飲み会も友情も、コスパは最悪で最高だ
人生最大のパーティである結婚式を、そして毎日の小さなパーティである家族の食卓を、僕はこれからも全力で推していく。