友人の家に呼ばれたとき、実家に帰るとき、お世話になった人を訪ねるとき。「手ぶらもあれやし、なんか買っていくか」の「なんか」で、毎回悩んでいた時期がある。
いまの僕は迷わない。選ぶ基準を3つに絞ったからだ。「消えもの・小さめ・話のタネ」。この記事では、手土産下手やった僕がこの3原則にたどり着くまでと、手土産という文化の本体は何なのかについて書く。
手土産が苦手だった
昔の僕の手土産は、駅ビルで10分悩んで買う「無難な焼き菓子の詰め合わせ」一択だった。悪くはない。でも、渡した瞬間に「ありがとう」で会話が終わる。棚に置かれて、それっきりだ。
一度、見栄を張って高級な菓子折りを持って行ったこともある。相手に恐縮され、お返しに気を使わせ、むしろ距離ができた感すらあった。手土産、難しすぎるやろと思っていた。
うまい人を観察してみた
転機は、友人宅の飲み会だった。参加者の一人が、袋いっぱいの豆菓子を持ってきた。「地元の商店街の豆屋のやつ。ここの塩豆が優勝やねん」。
その瞬間、場が動いた。「豆屋て何」「商店街どこ」「優勝て」。豆菓子ひとつで会話が3方向に咲いて、全員でつまみながら飲み会が始まった。値段はたぶん、僕の無難な焼き菓子より安い。
このとき理解した。手土産のうまさは値段やなくて、その後に生む会話の量で決まるのだ。
3原則: 消えもの・小さめ・話のタネ
それ以来、観察と実践を重ねてたどり着いたのが、この3原則である。
- 消えもの。食べ物か飲み物。使い切れるものは相手の負担にならない。置き物系は、相手の家の趣味に踏み込むので上級者向けだ。
- 小さめ。立派すぎる手土産はお返しの心配をさせる。「気持ちだけ」のサイズ感が、相手の心理的な負債をゼロにする。目安は自分が普段のおやつに買える金額帯。
- 話のタネ。ここが本体。「なんでこれを選んだか」を一言添えられるものを選ぶ。行きつけの店の名物、地元の変わり種、最近ハマってるもの。ストーリーが付いた瞬間、物が会話に化ける。
手土産の本体は「編集」である
3原則で選ぶようになって気づいたのは、手土産とは自分の生活の編集品だということだ。
「僕の日常の中から、あなたに合いそうな一部を切り取って持ってきた」。これが手土産のメッセージの正体で、だから話のタネになる。無難な詰め合わせが会話を生まないのは、そこに切り取った人の顔が見えないからだ。
僕の仕入れ先は、もっぱら行きつけの店である。行きつけの店の記事で書いた開拓の趣味が、ここでも活きる。「いつもの豆」やなくて「あの大将の店の豆」を持っていく。ストーリー付きの仕入れ場を持っていると、手土産選びは悩みから楽しみに変わる。
もらう側の作法も一つだけ
逆に、もらう側の作法も書いておく。一つだけでいい。「その場で開けて、一緒に食べる」だ。
持ってきた人は、選んだ理由を話したくてうずうずしている。その場で開ければ、その話が聞ける。棚の上で眠らせるのは、話のタネを土に埋めるようなものである。
あの豆菓子の夜が良かったのは、持ってきた人と開けた家主、両方の呼吸が合っていたからやと今なら分かる。
まとめ
要点は3つ。
- 手土産の価値は値段やなく、生まれる会話の量で決まる
- 選ぶ基準は「消えもの・小さめ・話のタネ」。ストーリーを一言添える
- もらったら、その場で開けて一緒に食べる。それが最高のお返しになる
次に誰かを訪ねる予定がある人は、駅ビルの前に、自分の行きつけを思い浮かべてみてほしい。あなたの「これ、うまいねん」が、いちばんええ手土産やで。