「もう7月て。今年何もしてへんのに」。この台詞、先週の飲み会で3人が言った。かく言う僕も、社会人になってから1年の体感速度が明らかに上がっている。
なぜ大人の時間は早く過ぎるのか。そして、あの子どもの頃の長い夏休みの感覚は取り戻せるのか。僕なりに観察と実験をしてみたので、その報告を書く。
時間が加速し始めた日
思い返すと、小学生の頃の1年は無限やった。夏休みだけで一つの人生くらいの密度があった。
それが社会人6年目のいま、1年は「あっという間」の一言で片付く。4月に立てた目標を思い出す前に、年末が来る。この加速は僕だけの現象ではなく、周りの同年代がほぼ全員訴えている。
働き始めて気づいたら5年以上経っていた、という感覚。あれの正体を知りたくなった。
よく聞く説明: ジャネーの法則
調べると、まず出てくるのが「ジャネーの法則」だ。体感時間は年齢に反比例するという考え方で、5歳の1年は人生の5分の1、50歳の1年は50分の1。分母が増えるほど、1年は相対的に短くなる。
なるほど感はある。でも、この説明には救いがない。年齢は巻き戻せないので、「時間はこれからも加速し続けます。以上」で終わってしまう。
僕が注目したいのは、もう一つの説明のほうだ。
本命の犯人: 「初めて」の減少
人間の記憶は、新しい体験は濃く記録し、繰り返しの体験は圧縮して記録すると言われる。振り返ったときに「長かった」と感じるのは、記録が濃い期間だ。
これは体感とも合う。転職や引っ越しをした年は長く感じるとよく聞くし、僕自身、新しい現場に入った月は初日の緊張から歓迎会まで全部覚えている。一方、同じルーティンで回った月は、記憶がほぼ1日分に圧縮されている。
つまり大人の1年が早いのは、老化やなくて「初めて」の在庫切れだ。通勤路も、仕事の段取りも、週末の過ごし方も、全部が既知になる。記録するものがないから、振り返ると短い。
「初めて」を意図的に投入してみた
この仮説が正しいなら、初めてを意図的に増やせば時間は伸びるはずだ。実験してみた。
去年、副業の勉強を始めて、ブログを立ち上げて、初めての店を何軒も開拓した数ヶ月がある。結果、その期間は明確に「長かった」。日記を見返すまでもなく、あの数ヶ月の出来事はいくらでも思い出せる。
初めての店に一人で入る足の重さも、初めて書いた記事を公開する時の妙な緊張も、全部濃く記録されていた。仮説は、少なくとも僕の体では再現された。
時間の速度を取り戻す小技
大掛かりな転職や引っ越しをしなくても、「初めて」は日常に差し込める。僕がやっているのは、こんなレベルの話だ。
- 帰り道を一本ずらす。知らん路地には知らん店と知らん景色がある。コストゼロの初体験だ。
- 月に1軒、入ったことのない店に入る。店の開拓は行きつけづくりの記事で書いた趣味と実益を兼ねる。
- 「初めての人」と話す。飲み会で初対面の隣に座る。人は最強の未知である。
- いつもの店でいつもと違うものを頼む。最小単位の初めて。これすら記憶には残る。
まとめ
要点は3つ。
- 1年が早いのは老化ではなく、「初めて」の在庫切れ。記憶が圧縮されているだけ
- 新しい体験を投入した期間は、実際に「長く」感じられる(実験済み)
- 帰り道を変える、知らない店に入る。初めては低コストで日常に差し込める
年末に「今年は長かったな」と言えたら、それはたぶん、ようけ生きた証拠だ。残り半年、初めての在庫を仕入れにいこう。